日本の靴(履物)の歴史を知ろう-History of Japanese shoes(footwear)

雪駄を履く3人の足

「日本固有の靴(沓)」と言ってもよい、日本の伝統的な履物を紹介したいと思います。
西洋靴など欧米式の靴が一般的になった現代では、あまり履かなくなりましたが、どれも靴が広まる前までは、一般的に履かれていた履物です。しかし現代でも、着物(きもの)や甚平(じんべい)、浴衣(ゆかた)を着るときや、お祭りで御神輿を担ぐ際には多く履かれています。
また、どれも多湿の日本の気候に適した履物なので、現代風にアレンジした商品なども最近ではよく売られています。

草鞋(わらじ/Waraji)
藁靴・藁沓(わらぐつ/Waragutsu)・深靴(ふかぐつ/Fukagutsu)
草履(ぞうり/Zouri)
雪駄(せった/Setta)
下駄(げた/Geta)
足袋(たび/Tabi)
「文(もん/Mon)」日本固有のサイズ
まとめ


草鞋(わらじ/Waraji)

草鞋(わらじ/Waraji)

草鞋(わらじ)は、稲藁で作られる日本古来からの伝統的履物のひとつで、奈良時代に誕生したと言われる。
長い緒によって、かかと、つま先、足首を結び、足を固定する。
舗装されていない道では、砂利が藁の隙間に入り底面の耐摩耗性を維持する。舗装されたアスファルト道では、耐久性が持たず不向きとされる。

草鞋(わらじ)を作る(編む)職人

草鞋を編む職人。
昔は、草履などの稲藁を材料にした衣服等を生産することのが、人々の貴重な収入源でもあった。

大わらじ(浅草寺宝蔵門/山形県村山市奉賛会 奉納)

東京都台東区浅草にある、浅草寺(せんそうじ)の宝蔵門(ほうぞうもん/仁王門)裏手に掲げられている、大草鞋(おおわらじ)。
この大わらじは、山形県村山市奉賛会より10年に一度奉納されており、昭和16年に始まり平成30年で8代目となる。藁2500kgを使い、延べ人員800人により、約1ヶ月かけて作られ、全長4.5m、幅1.5m、重さ500kgもの大きさがあるという。宝蔵門(仁王門)の正面左右には二体の仁王像(左に呵形像、右に吽形像)が奉安され、門裏手の左右に対で大わらじが掲げられている。
草鞋は、仁王様(におうさま)の履物とされ、仁王様が脱いで掛けてあるという意味であるらしい。よって、この大きさは浅草寺宝蔵門の仁王様の力を表し、「このような大きなわらじを履くものがこの寺を守っているのか」と驚いて魔が去っていくと言われている。魔除けと健脚を願って大わらじに触れていく参拝客も多い。

藁靴・藁沓(わらぐつ/Waragutsu)・深靴(ふかぐつ/Fukagutsu)

藁靴・藁沓(わらぐつ/Waragutsu)深靴(ふかぐつ/Fukagutsu)

草鞋同様、稲藁でつくった靴。
昔の日本人は、米作りを終えた冬に、藁を使って生活に欠かせない衣服を作った。
写真は、深靴(ふかぐつ)と呼ばれる、積雪時のための履物で、雪靴(ゆきぐつ)とも呼ばれる。

草履(ぞうり/Zouri)

草履(ぞうり/Zouri)

草履(ぞうり)は、草鞋に似ているが、緒の形が異なり、「鼻緒(はなお)」と呼ばれる、現代のビーチサンダルのような形状をしたつま先だけの緒がついた履物で、平安時代中期に誕生したと言われています。
親指(母趾)と第二趾のあいだに、鼻緒を挟み足を固定して履く。
藁でつくられた草履を「藁草履(わらぞうり)」と言い、かかとの無い草履を「足半(あしなか・あしたか)」と言います。
明治、大正時代には板やタイヤ、ゴムを付けた草履が発明され、明治以降、洋靴が普及する昭和初期まで日本で広く履かれていました。

雪駄(せった/Setta)

雪駄(せった/Setta)

雪駄(せった)は草履の一種で、竹皮草履の裏面に皮を貼って防水機能を与え、皮底の踵部分に尻鉄がつけて耐久性をもたせた、江戸時代からの伝統的な履物です。
現代でも、男性が着物を着るときは雪駄が多く用いられる。
子供のうちから雪駄を履くと、足が広がって安定し外反母趾になりにくく、足が蒸れず水虫(足白癬)などにもなりにくい。多湿の日本に適した履物。

下駄(げた/Geta)

下駄(げた/Geta)

下駄(げた)も日本古来からの伝統的履物のひとつ。
桐などの木や、竹から土台がつくられ、鼻緒に指を通して足を固定する。
平安時代、奈良時代には、地方の豪族が権威の象徴として履き、江戸時代までは裕福な人がおしゃれで履いていたとされています。明治、大正時代には機械生産されるようになり、大衆に普及しました。
ぬかるんだ道でも足が沈まず、足が汚れにくいことから、雨の多い日本では重宝されました。

足袋(たび/Tabi)

足袋(たび/Tabi)を履いて、雪駄を履く足元

足袋(たび)は、木綿の布で作られた足に履く下着のようなもので、小鉤(こはぜ)と呼ばれる特有の留め具で足を固定する。草履、雪駄、下駄を履く際に用いる。
熊皮、鹿皮、猿皮などでつくられた皮足袋もある。

足袋の起源は、奈良時代にあった「襪(したうず)」とよばれる布製の親指が分かれていない履物だとされ、当時外履き用に皮でつくった「単皮(タンピ)」が「タビ」の語源と言われている。

着物(和装)に合わせて履く、足袋と草履

現代でも男性も女性も、着物(きもの)に合わせる履物として、「足袋(たび)」+「草履(ぞうり)」が一般的です。

祭で履く「祭足袋(まつりたび)」/地下足袋(じかたび)
祭足袋(まつりたび)

現代では、ゴム底がついた「地下足袋(じかたび)」という外履き用の足袋が多く売られれている。
作業労働用や、祭に履く「祭足袋(まつりたび)」などがある。

埼玉県行田市にある「足袋とくらしの博物館」

埼玉県行田市にある「足袋とくらしの博物館」。(写真:shoepara.jp
実際の足袋工場跡地の設備をそのまま残して作られた、足袋作りを体験できる博物館。土日のみ開館している。
埼玉県行田市は、かつて全国シェア80%を誇った時期もあったほど足袋の名産地として知られている。
埼玉県は現在でも、徳島県に次いで第2位の足袋生産地だ。

文(もん/Mon)

文(もん)は、江戸時代に使われた、日本固有の足のサイズを表す単位です。
一文=一文銭の大きさだとされ、一文=約2.4cmです。
センチが使われる前まで、日本では使われていました。

【現代のサイズ(cm)との換算表】
センチ/文数
21.5cm/九文
22.0cm/九文三分
22.5cm/九文半
23.0cm/九文七分
23.5cm/九文八分
24.0cm/十文
24.5cm/十文三分
25.0cm/十文半
25.5cm/十文七分
26.0cm/十一文
26.5cm/十一文三分
27.0cm/十一文半
28.0cm/十二文
29.0cm/十二文半
30.0cm/十三文

まとめ

欧米式の靴(くつ)が普及するまで、日本では以上のような履物が履かれていました。形状もかかとのない履物が主流であったため、日本人はつま先に重心を置いた歩行をしていたそうです。また、外で足が汚れることが多かったため、家の門口で足を洗う習慣もあったそうですが、足を覆う靴が広まるとそんな習慣もなくなっていきました。
筆者が感じたのは、多湿の気候の多い日本において、理にかなった素材・機能がそこにあったのだと、改めて関心させられました。現代のような舗装された道には不向きかもしれませんが、それにも材料の改良などで対応し、デザインや素材も現代風にアレンジして、その長所を兼ね備えた靴が復刻(リバイブ)できたらいいなと思いました。

(説明文/靴のパラダイス 大嶋信之)